目次
- ドライバーを長時間労働から守り、健康的な働き方や交通事故削減を目指すための規制
- 現実の時間外労働と「960時間」がかけ離れていることがダイモンダイなのです
- 今までは法的強制力のない“名ばかり”ルール。「拘束時間」と「労働時間」を混同する人も
- 違反した場合は書類送検も。それでも真摯に受け止めている企業は30%程度
- 人件費増、ドライバー不足、燃料費高騰……あなたの会社は準備できていますか?
保険サービスシステムHD株式会社 特命部長
社会保険労務士・中小企業診断士
高橋 聡(たかはし さとし) 氏
三井住友海上経営サポートセンターを経て現職。
2,000社を超える運送会社の就業規則・給与規定策定に携わる。
トラック協会、ジャパントラックショー等講演多数。
物流ニッポン・物流Weekly紙にて、ホンネの労務管理を書いた連載が好評を博している。
ドライバーを長時間労働から守り、健康的な働き方や交通事故削減を目指すための規制
――知人から聞いたのですが、物流業界には「2024年問題」なるものが存在するようです。これって、やはりパソコンが一斉に動かなくなったりするのでしょうか?

それは2000年問題ですよね……(笑)。 実は2024年4月から、働き方改革関連法に基づき、自動車の運転業務に携わる方々の時間外労働が「年間960時間まで」に制限されます。この規制に伴うさまざまな課題を「2024年問題」とか「物流の2024年問題」と呼んでいるのです。
※参考資料:国土交通省│中継輸送実現に向けたポイント(リーフレット)
――あ、そういえばY2Kって言葉がありましたね! でも、働き方改革ということは、ドライバーを長時間労働から守るということですよね。それ自体は悪いことではないと思いますが、なぜ問題なのでしょうか?
確かに、ハードワーカーの代表格でもあるトラックドライバーの労働環境が改善されるのは歓迎すべきことかもしれません。
実際に彼らと会うと「働けば働くほど稼げる」「大好きな“運転”を仕事にできるなんて、自分にとっては天職」などと健全なモチベーションで働いている方が多いですが、一方で長時間労働が原因と考えられる過労死、自殺、脳や心臓の疾患などが社会問題になっています。
こうした背景から、時間外労働の規制が強化されることになったのです。また、ドライバーの健康を守ることに加え、交通事故を減らす目的もあります。過労運転を原因としたトラックや観光バスの悲惨な事故が、なかなか根絶できずにいますからね。
現実の時間外労働と「960時間」がかけ離れていることがダイモンダイなのです
――「18時間労働のトラックドライバーが20分間の休憩しか与えられず、居眠り運転で信号待ちの車列に追突した」なんてニュースを目にしたことかあります。多くのドライバーと話をされて、リアルな残業時間はどの程度だとお感じですか?
私の経験上、月間の走行距離数が10,000km以上の「長距離」ドライバーは時間外労働が「120~160時間」です。続いて6,000~9,000kmでは「80~120時間」、地場運行の3,000~5,000㎞では「60~70時間」といった印象ですね。
しかし2024年4月からは、時間外労働が「年間960時間まで」になるので、単純に12カ月で割ると毎月の残業は「80時間まで」です。
私がヒアリングした現状と比べると、この数字を守るのは困難ですよね。そのため各社はドライバーの勤務シフトを見直したり、長距離運転の際は交代制を導入したりするなど、対応すべき課題が山積みになっています。だから「2024年問題」と呼ばれるのです。
今までは法的強制力のない“名ばかり”ルール。「拘束時間」と「労働時間」を混同する人も

――長距離ドライバーのリアルな残業時間は160時間ですか……想像しただけで肩が凝ってきました。でも、今までも全く規制がなかったわけではありませんよね?
これまで運送業のドライバーの時間外労働は、独特の概念である「改善基準告示」によって規制されてきました。
――カイゼンコクジ……いや、コクジキジュン……いや、なかなか難しい名前ですね。
正式名称は「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」です。ドライバーの“拘束時間”を定めたもので「基本は1日13時間以内。最高でも16時間まで」「月間では293時間まで。ただし経営者とドライバーで協定を結んだ場合は320時間まで」などとあります。
しかし法的な強制力がなく、形式的な規制といえるでしょう。しかも経営者の中には“拘束時間”と“労働時間”が混同している方もいて「1日13時間、最高16時間まで働いてもらえる」などと勘違いしているケースが少なくありません。

さらに改善基準告示は、法的強制力がないばかりでなく、休憩時間を含んだ規制であるため、事実上は「時間外労働に関する規制が存在しない」状態でです。また、おなじみの36(サブロク)協定もありますが、ドライバーは2024年4月まで猶予されているのです。
違反した場合は書類送検も。それでも、どうしていいかわからない、何から手を付ければいいかわからない企業が大半
――なるほど。そして「2024年問題」といわれるだけに、2024年以降、このドライバーの時間外労働が強力に規制されていくわけですね。
2024年4月以降は、「年間960時間まで」を守らない場合、罰則として「6カ月以下の懲役」または「30万円以下の罰金」となる見込みです。しかも行政指導である是正勧告にとどまらず、悪質な場合などには書類送検される可能性もあります。逮捕されて身柄を拘束されることはありませんが、事件として扱われるのは企業として大きな痛手ですよね。
――今までの時間外労働を大幅に減らさなければならず、しかもそれが現実の数字とはかけ離れていて、守らなければ厳しい罰則が待っているというのはかなりシビアですね。ほとんどの運送会社は準備を始めているのでしょうか?
私はこの件について年間およそ100社と話していますが、真剣に受け止めている会社は一定程度ありますが、「何から手を付けていけばいいかわからない」「運賃が上がらないとどうしようもない」といった声が圧倒的に多い状況です。
メディアでは「ドライバー不足で物流が崩壊する」「物流クライシス!!」なんて表現されることもありますが、それでも真面目に取り組む会社が報われるよう、規制を強化する以上は国にしっかりと運用してもらいたいですね。
人件費増、ドライバー不足、燃料費高騰……あなたの会社は準備できていますか?

――ほかにも「2024年問題」の影響はあるのでしょうか?
2024年の1年前である2023年4月から、同じく働き方改革関連法の一環として、月60時間を超える時間外労働の割増率が125%から150%に引き上げられます。
先ほど、私が会ったドライバーの時間外労働について話しましたが、現実的にはほとんどが60時間を超過しています。経営者は「今までの通りに働いてもらわなければ仕事が回らない。でも人件費が跳ね上がって経営が苦しくなる」と、対応に悩まされるでしょうね。
例えば「基本給20万円」「1日の労働時間が8時間」「月に25日勤務」のドライバーがいたとして、80時間の時間外労働が発生したとします。
――現実的に考えられそうなケースですね。
まず、時給を計算すると「月給20万円÷200時間(1日8時間×25日)」(日給制のケース)で1,000円ですね。この1,000円に割増率の増加分(150%―120%=25%)を掛けて、さらに時間外労働の超過分(80時間―60時間=20時間)を掛けます。1,000円×25%×20時間となり、5,000円の人件費増となるわけです。

――年間にしたら60,000円ですね。時給1,500円だったら年間90,000円、時給1,800円だったら108,000円か……。
加えて、2024年4月からは時間外労働の規制が徹底されるため、1人あたりの総労働時間を減らすために新しいドライバーを雇ったり、長距離運転の際には交代要員を用意したりする必要があります。この点からも人件費が増える可能性は極めて高いですよね。しかも燃料費が高騰していることもあり「2024年問題」が運送業の経営にもたらす影響は相当に大きいといえます。
――かなり深刻ですね。経営者の皆さん、何とかしないと!
さらに、月間走行距離数が10,000kmを超える長距離ドライバーの時間外労働に規制が入ることは、この仕事に対して「稼げない」という印象を与えかねません。まして、コロナ禍であらゆる業界が慢性的な人手不足になっています。そんな状況の中でも、ドライバー職への夢や希望を生み出すことが必要なのです。
――その昔『トラック野郎』なんて映画もありましたが、何とか「2024年問題」を乗り越え、憧れの仕事の一つに復活してほしいですね。興味深い話をありがとうございました。
次回はこの問題への対策である「荷主との運賃交渉&ドライバーの労務管理」について伺います。
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